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自作詩集「シリウスの伴星」


自作詩集「ひとりごと」

シリウスの伴星

凍てついた冬の銀河に
夏草の強さで燃える
その星に近づきたくて
天文台に向かう 夜

近づく心は
 焼き切れてしまうよ
 燃えながら呼吸する
 若い雄だもの
若いってことの何たるかを
 老いるってことの何たるかを
 奴が全て見せてくれるよ
 目をそらさないで!
はらむには短すぎる
 あっという間の生涯
 夢さえも生まれないまま
 消えていく運命の星
宇宙には堅実な
 頼れる仲間が大勢いる
 見かけより強い星を
 見分ける目を持つことだ

だけどねえ、
月明かりに浮かぶ白いドームの
スリットのわずかな隙間から覗く目の
その近眼の瞳の底に移る光は
  長生きなあなたでもなく
  子沢山なあなたでもなく
ただ一つ シリウスだけなのよ
彼の周りを まわるまわる星が
  長生きなあなたが死んだ後も
  子沢山なあなたが果てた後も
彼の近くを まわるまわる星が
在るという暗示だけで
追いかけるには十分なんです

宇宙

銀河系外 遥か彼方の 星雲が
  ここにもいるぞ!
と 呼びかける
  聞こえるよ!
  見えるとも!
叫び返すのだが なんと
なんと孤独な 叫びだろう
君と僕との間の この広大な空間
何も無いじゃないか!
さえぎるものもなく 君がよく見える
嬉しいね 同胞よ
なんと孤独な友情だろう

こうして幾時も延々と
私は独り言をつぶやいている
時に それがどうしたのだと
なにもかも うっちゃりたくなるが
そうして どうなるのだと
分かったような 声がつぶやく

何も分からないじゃないか
いつまで 続くのか
なぜ こうなのか
誰にも わからないじゃないか

時に思考を麻痺させて
自由になりたいと 望むのだが
みんな宇宙の中にいて 動いている
誰か宇宙の外側から
この私を 握りつぶしてはくれまいか

走ってみよう

あの 厚い雲の上では
今も星が 輝いています
空間を超えて 走れば
そこにも 太陽があります
ためしに
あの光る星の一つ 目指して
走ってごらんなさい

不意に 意識が飛んで
空白が 生じたら
それは きっと ブラックホールのせい
一粒の 白く輝くものが
ゆがんで 黒く 染められていったら
それは きっと 恐怖でしょう

ピンと張った 糸のように
まっすぐ 走るのも いいけれど
少し視野を 広げて
何も無い 空間に
何が有り 何が無いか
確かめながら 走るのも
いろいろ見えて おもしろいでしょう

紙ふうせん

遠くへ飛ばそうと 思ったって
飛ばないのが 紙ふうせん

ガリレオが 考えても
チコ・ブラーエが 計算しても
やっぱり 飛ばないのが 紙ふうせん
あったりまえ と人は言う 常識?物の道理、理論、経験・・・

あったりまえが
でも 宇宙では こわれている
慣性の法則で 飛ばせば
たかが 一個の 紙ふうせん
未来までも 飛んでいく

それもやっぱり
あったりまえ、と人は言う

私にはそれが
わからない

ぬけがら

赤い 小さな 蝶々の
羽を コツンと 折っている
白い 蝶々の やわらかい
羽を フフンと 折っている

あなたの 残した
青い小さな ぬけがら
ぬけがらの わたし

空をめざして 光の子は
ふわりふわり 波に乗る
虹をめざして 光の子は
遠く遠く 駆けていく
羽を失くした 光の子に
誰か気づいて くれるでしょうか

あなたの 残した
青い小さな ぬけがら
ぬけがらの わたし

粉雪

白い 眼差しで
影 見つめ あなたは
凍えた 手袋に
嘘を隠し 逃げた

舞い上がる 粉雪の道路に
ぬくもり失くした
愛をさがす

突然 あなたの
ためいき 震えても
私は どうにも
あなたを 愛してる

通りすがりの 道行く影が
あなたを なくした 私を 見る
降り積もる雪さえ 愛を追いかけて
すがりつくたび 涙に変わっていく

舞い上がれ 粉雪 この街で
あなたの 匂いを
消して走れ

それとも

やわらかな 頬染めて
千浄院の 石段登る
あなたの 左手の 薬指
銀の指輪 光っている
 幼さの越す あなたの それは
 ほんの遊び なのでしょうか
 それとも・・・

夕暮れの町 見下ろしながら
あなたの来る時間 今日も
盗人(ぬすびと)のように待つ 僕の心
伝えてみようと 思うのだけど
 あなたの心は まだ
 白さ 残すのでしょうか
 それとも・・・

言葉をください

 言葉をください この心伝える
 これ以上 確かめずには
 あなたに会えない

秋晴れの午後 初めて あなたの部屋に
田舎から蜜柑が届いたの、と 上がらせてもらった
昨日までは雨だったのに 今日は素敵な青空ね
そんなことしか 言えなくて
ぎこちなくラジオの音 聞いた
青空に浮かんだ小部屋のように
あなたの部屋は 軽やかなのに
私一人 沈黙が 切なくて
せめて 笑えたらいいのに

 言葉をください この心伝える
 これ以上 確かめずには
 あなたに会えない

あなたに会える それだけが希望で
サークルボックスに走る 雨の日も風の日も
私の投げたボール あなたが打ち返すように
この気持ち あなたに届いている そんな気がする
でも そこから先が わからない
もしも 私の 思い違いだったら・・・
せめて 信じられたらいいのに

言葉をください この心伝える
これ以上 確かめずには
あなたに会えない

一人ぼっちの部屋

まるで 綿密なスケジュール表が あるかのように
時間いっぱい 計画が 詰まっているかのように
ついさっきまで ふるまっていたけれど
今夜も やっぱり
さみしくなってしまった

ちょっと ぜいたくな 買い物をして
じっくり 料理を こしらえて
きれいに お皿を 並べて
気取りながら 夕食を食べていた時には
確かに 数人の フランスの貴人が
私の 客人に なってくれた

作りかけの 人形が 気になって
制作道具一式並べて
職人のように 上手に裁いて
いつもは中途半端な 人形作り
今日は 満足な形が
すんなり できてしまった

ふと のぞいた お風呂場で
誰が 入れてくれたか ちょうどよい 湯加減
バスタオルと 石鹸もって
バスルームいっぱい シャボンの香り
久しぶりに ほてった体が
とても気持ちよかった

まるで 綿密なスケジュール表が あるかのように
時間いっぱい 計画が 詰まっているかのように
ついさっきまで ふるまっていたけれど
今夜も やっぱり
さみしくなってしまった
BGMが 途切れたら
今夜も やっぱり
一人ぼっちの 部屋

男は風

男は風で
時に雲を巻き込んで吹き荒れてみるが
彼女の心の湖に
さざ波ひとつ立てることができない
まして湖の底に住む鯰(なまず)に
いったい何を伝えられよう
男は風で
心の湖の冷たさの
その奥底までも見たいから
さんざん吹いてみるけれど
やはりそこは心の中
波紋ひとつ起こせない

男は少年になり
岸辺を歩き湖を見るが
青く透き通った湖の
底の鯰までは見つけられない
小石を拾い湖に向けて放つと
ようやく小さな波紋を起こし
湖が少し揺れた
湖は広く少年は小さく
まわりの石を投げつくしても
湖の水はあふれもしない

男は鳥になり
湖の真上から突入するが
動かない鯰を見つけることができない
同心円の輪の列を
自ら破って地上に出たとき
鳥の羽は濡れてはいないが
湖の形も変わってはいない

男は大地になり
湖の地下から揺さぶると
鯰が動き出し
湖はざわめき立った
男は奮起して
大地の中で暴れると
湖は裂け 水はあふれ
鯰はやがて行き場を失い
男の胸の中で息絶えた

薔薇と少年

華麗な肢体を内に秘めた毛虫が
薔薇の若葉を食っておりました
美しく彩られた体毛の中には
魔除けの毒が満たされておりました
蝕まれながらも薔薇は
爽やかな芳香を放ち
今まさに咲きつつありました

少年が薔薇を見つけました
目を細めながら腕を伸ばし
初めて罪を犯そうとしました
薔薇は伸び上がり 知らずに棘を
少年の肌に突き刺していました
そのとき毛虫の毒針が
少年の体を貫きました
少年は泣きながら去って行きました

残された薔薇は 香り高く
満開の時を刻みながら
朝の冷気の中
むせび泣いておりました

自作詩集「シリウスの伴星」